伝統産業におけるITの力

「中小企業IT経営力大賞2010認定企業」の1社に、私が京都でIT活用をお手伝いしていた株式会社織彦(おりひこ)という会社が選ばれました。株式会社織彦の樋口社長と先日お会いする機会があり、興味深い話をお聞きすることが出来ました。今回はその時の話を紹介します。

織彦は、明治40年創業で、西陣織物、京友禅など和装の企画・製造・販売を行う京都の伝統産業の1社です。1千年以上の歴史を持つ京都の和装業界は、今日、危機的な状況を迎えています。代表的な伝統産業である西陣織は、ピーク時の15%の生産高まで落ち込み、同じく京友禅は、5%の水準にまで低下しています。それに加えて、悪徳業者が横行し、消費者の信用を著しく損なうような”事件”も起こりました。

このような現状を打破すべく、京都の和装関連8社が立ち上げたのが「伝統産業におけるトレーサビリティ導入プロジェクト」です。その代表者が、株式会社織彦の樋口社長です。伝統産業におけるトレーサビリティ導入は、着物や帯など最終製品の生産工程・経路、職人さんの情報などを公開することにより、その製品に対する信頼と品質を保証しようというものです。また、購入後のクリーニングや補修などの際も、どのような作業を行っているかを公開し、顧客の安心感をめざしています。

伝統産業といえば職人の世界で、ITとはもっとも縁遠い世界と思われがちですが、このプロジェクトは、複数の企業にまたがる生産工程・経路管理を行うシステムを構築し、共同運用を実現しています。
プロジェクトの発足当初は、「伝統産業にITは、なじまない」、「トレーサビリティは、逆に顧客の信頼を損なう」など冷ややかな反応が多かったのですが、発足から2年を経て、支持が定着してきたようです。

ここで、樋口社長からお聞きしたエピソードを2つ紹介しましょう。

トレーサビリティを一番支持したのは、他でもない消費者自身でした。和装店の店頭で着物に携帯電話をかざすと、その着物の生産工程や職人さんが表示される。それだけで、ほとんどの消費者は、驚きとともに安心感を持ったようです。

トレーサビリティを支持したもう一つの人々は、プロジェクトメンバーの子供の世代です。プロジェクトのメンバーは、50~60代が中心ですので、子供と言っても30代ぐらいです。その子供世代が、伝統産業の後継者の道を選択し始めたとのことです。「父親たちが、ITを活用して新しい試みを進めている。伝統産業にも未来はあるようだ。」と感じ始めたようです。

前置きが長くなりましたが、これが今回のテーマである「伝統産業におけるITの力」です。私は、この話をお聞きして、ITが持っている目に見えない力のようなものを感じました。それは、ITに関連する仕事に日常的に関わっている私たちには、見えない力かもしれません。
ITとは縁もゆかりもないと思っていた伝統産業の中で起こっている変化は、ITが持つ大きな可能性を示していると思います。それを見直してみるのもITコーディネータの役割ではないでしょうか?

参考:伝統産業におけるトレーサビリティ導入プロジェクト
なんなり京都きもの博士 http://kimono-kyoto.biz/
(ITCみやぎ会コラムの再録)

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