東日本大震災10年:東北から生まれた新ビジネスを考える

東日本大震災から今年で10年になります。2011年3月11日午後2時46分、私は宮城県仙台市中心部にあるオフィスビルの6階にいました。地元経済団体が主催するビジネスプランコンテストの審査員として参加していました。

2人目の方の発表が終盤にさしかかった午後2時46分、突然激しい揺れに襲われました。最初は比較的小さい揺れで、だんだん激しくなり長く続きました。コンテスト参加者はテーブルの下にもぐり脚をもち揺れに耐えていました。幸い、建物の被害は少なかったので階段で外に逃れました。

それから約2時間、吹雪の中、歩いて自宅まで戻りました。その時は情報が無かったため、沿岸部で何が起こっているか知るよしもありませんでした。

10年後の産業の状況

私は、東日本大震災からの復興を産業の復興という視点から見てきました。経済基盤が根こそぎ奪われた所での復興は、産業が再生し雇用が生まれることが出発点になるからです。

ここで二つのデータを示します。

一つ目の図は、農地、漁港、水産加工施設などのハード面の復旧状況です。

図1:ハード面の復旧状況

いずれも、90%以上の復旧状況となっています。

二つ目の図は、企業の売上回復状況です。売上が震災前の水準以上に回復した企業の割合を示しています。

図2:売上が震災前の水準まで回復した企業の割合(%) 東北4県

東北経済産業局が2020年6月~8月に実施したグループ補助金交付先へのアンケート調査によれば、現状の売り上げが震災直前の水準以上まで回復した企業の割合は44%にとどまっており、なかでも津波被害を受けた沿岸部の重要産業である水産・食品加工業においては、わずか33%です。

震災から生まれた新産業を考える

東北は以前から“課題先進地域”と言われていました。それが東日本大震災を受けてより顕在化したと言えます。東日本大震災の後、東北から多くの新ビジネスが生まれてきました。

社会課題をビジネスの手法で解決をめざした事業といえるものです。今回は、二つの事例を紹介します。

株式会社GRA

一粒1000円の「ミガキイチゴ」ブランドを生み出し、世界に打って出る

株式会社GRAは、東日本大震災後の2011年に宮城県山元町で設立された農業生産法人です。宮城県は日本で有数のイチゴ生産地でしたが津波でイチゴハウスの95%を失いました。代表の岩佐大輝(いわさひろき)さんは、山元町生まれでふるさとの復興を目的にGRAを設立しました。

GRAの特徴は、3点あります。

(1)IT×匠の技で、イチゴ農園をITで管理

イチゴ栽培には15年の経験が必要と言われており、イチゴ栽培の経験の無い岩佐さんはイチゴ栽培40年のベテランである橋元さんとタッグを組み事業を始めました。橋元さんのイチゴ栽培での経験と勘をITを使って形式知化し、ITで管理されたイチゴ農園を作り上げました。

(2)IT管理されたイチゴ栽培ノウハウで新規就農支援

イチゴ栽培のノウハウの形式知化に成功したシステムを基盤に新規の就農を支援する事業を進めました。この事業は、地元宮城県のイチゴ就農者を拡大するだけでなく、インドにも進出しています。

(3)株式会社GRA × NPO法人GRAの連携による新事業推進

株式会社GRAとは別に、NPO法人GRAという組織があります。NPO法人GRAは、プロボノと呼ばれるプロのボランティア850人で構成されています。マーケティング、ブランディング、販路開拓など各分野のプロが、岩佐さんの志(こころざし)に共感し事業の世界展開を支えています。

図3:株式会社GRA × NPO法人GRA

一般社団法人 東の食の会

–東日本の食を世界に発信する、マッチング・プラットフォーム—

一般社団法人 東の食の会は、震災後の2011年6月「東の食に、日本のチカラを。東の食を、日本のチカラに。」をかかげて設立されました。東日本大震災被災地の生産者と消費地の事業者とのビジネスマッチング、新商品・新ビジネスの企画などを行うビジネス・プラットフォームの役割を担っています。

図4:「東の食の会」のビジネスイメージ

事務局代表の高橋大就(たかはしだいじゅ)さん(写真)は、外務省・在米国日本大使館勤務から外資系コンサルティングのマッキンゼー&カンパニー社という経歴です。震災後すぐに休職して東北に入り、東の食の会設立に加わりました。

東北には食に関わる生産者は多いが、ビジネスとして展開する機能が不足していました。東の食の会は三つのミッションを掲げています。

(1)東日本の生産者のマーケティング機能、及び食関連企業とのマッチング・プラットフォーム機能

(2)食に関する新しい事業を創造していくインキュベーション機能

(3)日本の食の安全・安心を世界に伝え、日本の食文化を世界と繋ぐコミュニケーション戦略も含めたシンクタンク機能

震災から10年で売上高約35億、事業拠点8倍、販売実績12倍の実績を上げるところまで成長しています。東の食の会がプロデュースした「Ça va(サヴァ)缶」(写真)は、累計製造数が1000万缶を超すヒット商品となっています。

震災からの復興をビジネスの手法で行う

マイケル.E.ポーターが提唱した共通価値創造(Creating Shared Value)という考え方は日本でも定着しつつあります。従来、社会的価値と経済的価値は、企業のビジネス展開においては、相対立する概念であると考えられてきました。共通価値の戦略(CSV)においては、それらは相反するものではなく、両立することによって新たなビジネスチャンスが生まれると捉えます。震災からの復興という社会的課題をビジネスによって実現するという視点は、東日本大震災後に広く受け入れられてきました。

現在、私たちはコロナ禍という新しい社会的課題に直面しています。アフター・コロナという新しいビジネス環境の中で、東日本大震災からの復興の経験が生きてくるように思います。

【参考文献】

・復興庁,「復興の現状(令和3年3月10日)」

https://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-1/material/20210310_genjou.pdf

・東北経済産業局,「東日本大震災グループ補助金交付先アンケート調査(令和2年10月13日)」

https://www.tohoku.meti.go.jp/koho/topics/earthquake/pdf/201013_1.pdf

・株式会社GRA

http://www.gra-inc.jp/index.html

・一般社団法人 東の食の会

https://www.higashi-no-shoku-no-kai.jp/

・岩佐大輝(2014):『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』ダイヤモンド社

・岩佐大輝(2015):『甘酸っぱい経営』ブックウォーカー

◆NPO法人 ITコーディネータ京都 コラム 2021年3月20日より転載

東日本大震災10年:東北から生まれた新ビジネスを考える / 藤原 正樹 – ITコーディネータ京都 (itc-kyoto.jp)